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竜宮城に籠城



あるところに、ラシーム・マッタローというアメリカ人がおったそうな。

ある日ラシームが海辺を歩いていると、村の子どもたちが一匹の亀をいじめているのに遭遇した。
ラシームは自分の目を疑った。弱きものをいじめる黄色人種の非民主性が許せなかった。
彼の祖国は正義の国であり、彼にもその血が受け継がれていたのだ。

「ヘイ!バスタード!サノバビッチ!」

目を血走らせ、訳の分からないことを叫びながら突進してくる男を見るや、子どもたちは恐れをなして退散した。
大人たちから「無関心な世代」と懸念された彼らであったが、訳の分からないことを叫びながら突進してくるアメリカ人に対して無関心であるほど無関心な世代ではなかったのだ。

子どもたちが退散すると、そこにはいじめられていた亀が残された。

亀は身振り手振りを交えて「ご飯とか、踊りとか」などといい、なんとか助けてもらったお礼に竜宮城へ連れて行くといったことを説明した。
しかし、「オー、インビテーション?」というラシームの言葉に、意味を解せないながらもあいまいに「イェース」などと答えてしまい、結果として亀はむやみな敗北感を味わうことになった。

――――

ラシームを眼前にした乙姫の顔には、例えるならば「無残」という言葉で表される類の感情が露骨に浮かんでいた。
なにが、いったいどうして、なにがどうなるとあれがどうしてこうなるというのか、乙姫の思考は瞬時に回り回った。
しかしこの男を連れてきた亀を見ると、すでに亀は土下座の状態に入っており、乙姫には眼前のこの妙なテンションの男を城に招きいれるほかなかったのだった。

「ナーイストゥミーチュー!アイムラシーム!ラシーム・マッタローいいまぁす!ワッハッハ!」
といった具合に、もはやよく分からない次元に到達してしまっているラシームを愛想笑いでなんとかかわしながら、乙姫は半ば無理やり鯛と平目に舞を開始させた。
ラシームと会話をしていると、何故か妙な敗北感を感じてしまうので、とにかくその矛先をそらしたかったのだ。

「オー!ゲイシャハラキリ。カメラいいですかぁ?ハッハー!」
と極めて上機嫌な男を尻目に、乙姫は先日訪れたあのみすぼらしい漁師のことを思い出していた。

乙姫を始め竜宮城に暮らす皆にあれほど楽しい娯楽を提供した者も少なかった。

あの浦島という男は、この竜宮城で流れる一日という時間が地上の10年間に相当することも知らず、正味5日も滞在した。
地上に帰ったときのあの男の狼狽振りといったらなかった。
当然だ。自分ではたった5日しか経ってないつもりなのに、地上ではしっかりと50年の時が刻まれているのだ。
住んでいた村は消え、知人も頼るものもなく、ただ呆然と立ちすくむ浦島。
その時点ですでに抱腹絶倒であったが、さらにあの男はダメもとの「おまけ」のつもりで持たせていた「びっくり箱」まで開けてくれたものだから、一時は竜宮城内が笑いの渦でパニックに陥るほどの騒ぎだったのだ。

乙姫は急に浦島が恋しくなった。
今にして思えば、あれほど愛せる男もなかった。
少なくとも、今や鯛と平目の間で嬉々としてして踊っているあの豪快な怪物よりも、みすぼらしいあの男のほうがずっと好感をもてるのだった。

せめて一日だけでも辛抱しよう。それが乙姫の抱いた決心だった。
一日ならば地上では10年。それならばこのラシームという男にも少しは精神的打撃を与えることができるはずだ。
だから一日だけ辛抱しよう。そしてそれからみんなで思うさま笑おう。

――――

ラシームは祖国の正義の血に感謝していた。
あの亀を助けてやったおかげで、この美しい城に案内してもらえ、これほどまでに手厚く歓迎してもらうことができたのだ。
日本人はみな親切でやさしい。
ラシームはそんな感謝の思いを、祖国流の誠意の表し方で伝えた。


城へやってきてから一日が過ぎたころだろうか。
乙姫がラシームのもとへ大きな箱を持ってきた。

「フォーミー?」と尋ねると、姫は照れたような笑顔を浮かべた。
ラシームはそのキュートな表情に見惚れた。

彼女が合意すればともにここで暮らすのも悪くない、とさえ思った。

――――

なんとか一日をやっつけた乙姫は、疲弊していた。
しかしこれでなんとかこの男を追い出すことができる。

乙姫は玉手箱をもつと、京都でいう「お茶漬け」のニュアンスを込めて、それをラシームに手渡した。
しかしラシームがこの期に及んでなおも「ほーみー」と訳の分からないことをいうものだから、乙姫は曖昧に笑みを浮かべるほかなかった。

――――

ラシームは祖国の正義の血に感謝していた。
全ては愛する祖国の正義のおかげだった。

この箱の中身がなんなのかは知らない。ひょっとすると気に入らないかもしれない。
しかし贈り物をもらった、その事実が大切なことだった。

包みを盛大に破り捨て、中身を確認するや否や「こんなのがほしかったんだ!」と歓声を上げる。
彼はそんな祖国の流儀で今回も振舞うつもりだった。

――――

「あー、だめだめ。だめオープン。だめオープン。」と乙姫はこの場で箱を開けられるのを必死で制止しようと試みた。
しかし男は「オーケー!ナウ、アイムオープニンギット!」というばかりで、依然嬉々とした表情で包みを開こうとする。

もはや事態は手遅れ。
そしていよいよ箱のふたは勢いよく開かれたのだった。

――――

ぼわわわわーん

ラシームが箱のふたを開くと、突然視界が煙で包まれた。
この出来事だけでもラシームを仰天させるに十分だったが、煙が晴れるにつれて見えてきた光景は、さらにラシームを驚かせた。

そこには、麗しの、というよりは、「元・麗しの」といった風情の乙姫の姿があったのだ。

――――

あーやりおった。やってくれはりましたか。乙姫あらため乙おばさんは、もーどーにでもして、といった気持ちで呆然としていた。

件のラシームは依然として「アメイジングマジック!」とか「ファンタスティック!」などと大はしゃぎしている。

その男の図太さに愕然としながら、乙おばさんは思った――

「そうか、この手の人種には吹っ掛けちゃだめだったんだ。はなから勝ち目なんてなかったんだ。『あのとき』だってそうだったじゃないか」


そんな乙おばさんの気持ちを知ってか知らずか、亀がぼそりとこんなことをつぶやいた。
「あーあ。きっとこの人、もう帰っちゃくれないんだろうな」

乙おばさんがきっと睨むと、亀はさっと甲羅に頭を引っ込めた。

城の中にラシームの嬌声が響いた。



※本作品は超短編小説会の同タイトル(「竜宮城に籠城」)に投稿したものです。

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