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能力者たち



「まあ子、いい胸してるな」
 と思っていた。
 公正を期すために正確にいっておくと、まあ子のあの豊満な胸のはざまにおもてを沈め、窒息、俺はおっぱいにおぼれて死ぬのだほーい、と絶叫するところまで想像していた。

 まあ子、ほか数名の友人と会合していたときのことだ。

 しかし俺はそのときはたと恐ろしくなった。
 仮に、まあ子がテレパスであった場合をふと想像してしまったのだ。
 つまりこういうことなのだ。
 俺は思考は自我の名の下に自由であると信じて一人勝手に妄想を楽しんでいるつもりだったのだが、実はまあ子がテレパスで、何らかの理由で俺の思考を読み取っているとしたら。
 もしそうだとしたら、まあ子はすべてを見ていたことになる。
 俺は取り返しのつかないことを想像してしまったのだ。

「なーんちゃってな」
 俺は試しに心でつぶやいてみた。
 むろんこの「なーんちゃって」はまあ子テレパス説に向けられたものではなく、おっぱいで窒息死する我が想像に対して接続されたものだ。
 俺はおっぱいにおぼれて死ぬのだほーい、なーんちゃって。
 もちろん万が一のために付け加えたに過ぎない言葉ではあるが、それにしてもこのハレンチな妄想をこれほど的確に「なかったこと」にできる言葉を俺はほかに知らない。

 しかしその刹那、まあ子の口角がぴくりと揺るのを、俺は見逃さなかった。
 まあ子は一見してほかの皆と楽しそうに話をしているように振舞っていたが、しかし明らかに俺の「なんちゃって」に反応を示していた。
 明らかに動揺していた。

 やはりそうだ、と確信した。
 まあ子は間違いなく俺の心を読み取っている。
 読み取っていて、かつ俺のおっぱいに溺れる妄想までしっかりと読み取っていたのだ。

 いいか、まあ子。
 つまり…。
 つまりその、おっぱいの…あれは、俺だから。
 まあ子のおっぱいは確かに俺を溺れさせたけれど、だけど俺は、はからずしもおっぱいに溺れました。アーメン。

 しどろもどろな思考をまあ子に送っていた。
 その思考は思考の体をとらないほどに乱れていた。
 しかしまさにそのとき、まあ子の笑っているはずの目の奥の鋭い光を俺は見逃さなかった。
 依然としてほかの皆と会話を続けるように演じていたまあ子であったが、ときとして俺に向ける視線には明らかな鋭さがあった。

 やっぱりだ。
 まあ子はたしかに俺の心を読み取っている。

 しかし同時に、俺はさらに恐ろしいことに気づいてしまった。
 俺の心を読み取っている人間は、まあ子ひとりではない。
 複数いる。
 というのも、よくよく観察してみると、まあ子だけでなく、ここにいるすべての人間が俺をいぶかしげな目で見ていることに気づいたのだ。
 皆楽しげに各々の話を続けているふりをしているが、明らかに俺を見る目には何か奇妙な違和感がある。
 不思議そうでいて、何か観察するような目を俺に向けてくるのだ。
 つまり、俺はこれまで何にも知らずにのうのうとやってきたが、驚いたことに俺を取り巻くすべての人間が、実は「能力者」だったのだ。

「なーんちゃってな」

 またしても俺はこの言葉の魔術的包容力にすくわれた。

 なーんちゃってな。
 俺は、気づいていた。すべて知っていたんだ。
 知っていて、そして俺は泳がせていたんだよ、おまえらを。
 意味が分かるか。
 なぜならな、俺は…俺こそが、おまえらにその力を与えてやった張本人だからなんだ。
 たしかにおまえらは「能力」を持っている。
 そしてそれをおまえらは自ずから得た「力」だと思っていたことだろう。

 皆が奇妙な目で俺を見ている――

 しかしな、違うんだ。
 実のところ俺が、おまえたちにその力を与えていたんだよ。
 なんのためにか。
 そうだな、あれだ、組織…だな。
 組織に抵抗するためになんだ。
 やつらはこの時空にひずみを生じさせようと目論んでいる。
 この領域に軋轢を生じさせるためにだ。
 それを阻止するのがおまえたちの使命なんだよ。
 だからだな、まず俺はおまえたちを試したんだ。
 おっぱいに顔をうずめて苦悶する姿を想像してな。
 いや…たしかにそこに論理的脈絡はないかもしれない。
 たしかにおっぱいに顔をうずめたからといっておまえたちを試すことになるとは考え難いと思う。
 しかし現にほら、結果としていまおまえらは俺から真実を告げられてるだろ?
 俺がしたかったのはつまりこういうことなのさ。
 だからね、君たちは意識を
      組織の企てを阻止した上で、
                  意識をだから
                       やつらのスパイが
              顔をうずめます
     組織がうずめて
            私はうずらで
                   意識の流れに溺れて――


 彼は知らなかった。
 実はそのとき、「能力者」たちは一様にこう思っていたのだ。

「さてはおっぱいに溺れてやがるな」

 依然として彼はおっぱいを食い入るように見つめ、しきりに何かをつぶやいていた。


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