無人島
俺が流れ着いたのは、無人島だった。
あれほどの災難にあっていながら、命を落とさなかった。
それだけで奇跡的なことだった。
俺はもっと生の喜びを感受すべきだ。
すべては命あってのものなのだ。
俺はまだ天に見放されちゃいない。
そうは思ってみても、やはり俺は打ちのめされていた。
何せ俺が流れ着いたのは、無人島だったのだ。
なぜ苦しみの上に苦しみを重ねるようなことをするのだ。
そう天を呪うしかなかった。
俺はこれから、この無人島でどれほどの苦しみを味わうことになるのだろう。
孤独、飢え、望郷の念…。
わが身の不幸を思うと、思わず涙がこぼれそうになった。
「てかありえなくねぇ?」
そんな折、傍らを女子高生の一団が通り過ぎていった。
「てかあれマジ浮浪者じゃねぇ?」
「あん?まじ?キモくねぇ?」
早くも無人島の本当の孤独を味わった気がした。
いまだかつて、これほどの孤独を味わったことはなかった。
涙が出た。
俺は今、一人きりだ。
無人島にたった一人だ。
俺はふと幼い頃のことを思い出した。
幼かった俺は、目覚めたときに母親の姿が見つからなくて泣いていた。
あのとき俺は、見捨てられたか何かして、もう二度と母親と会うことができないのではないかと怯えていたのだ。
今俺が抱いている感情は、あのときの恐怖に少し似ていた。
俺は泣いた。
大声で泣いた。
皮肉にも、ここが無人島であることが初めてプラスに機能した。
人目をはばかる必要がなかったのだ。
俺はわんわん泣いた。
まるで幼子のように泣いた。
そして、泣いて泣いて泣き尽くしたとき、通りすがりの警官から職務質問された。
それからしばらく無人島を探検していると、畑仕事をしている一人の老婆と出会った。
俺は老婆にお願いして、水を一杯飲ませてもらった。
そしてこれまでの経緯を語ると、老婆はにっこりと笑って、茹でたとうもろこしを馳走してくれた。
俺ははしゅはしゅ音を立てて食った。
とうもろこしはとても甘かった。
無人島に流れ着いて、初めて味わう充足感だった。
俺はとうもろこしを食べながら、これまでとは違った感情を抱き始めていた。
それは生への渇望だった。
俺は生きたい。
生きて、そしてもう一度ふるさとに帰りたい。
老婆にお別れを言ったとき、俺には生気がみなぎっていた。
この無人島に勝とう、そう心に誓っていた。
さらにしばらく歩みを進めると、いつしか森は開け、海に出た。
流れ着いたときには東にあった太陽が、いまでは真上より少し東にある。
俺はこの無人島ですごした苦悩と孤独の時を振り返った。
そして水平線に向かって大声で叫んだ。
それは、俺をこの孤独へと導いた、大海原への挑戦だった。
「俺は生き抜いてみせるぞぉ!!」
そんな折、近くを通りかかった警官からまたしても職務質問されたので、ついでに帰りの電車賃を借りておいた。
こうして俺は、無人島から奇跡の生還を果たしたのだった。
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