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取調べ
取調室には重い空気が流れていた。
もっとも、自分が犯人であることを認めるわけにはいかない容疑者と、なんとしても彼を犯人にしなければならない警官とのやり取りが順調に進むはずもなかった。
「なかなか口を割らんやつだな、お前は。そうだ、そろそろ腹減らんか。カツ丼でも食うか?」
膠着した現状を少しでも動かそうと、警官が発した言葉だった。
「すんません、刑事さん。」
そう答えた容疑者の男を見て、警官は「ほう」と思った。取調室にきてから、彼が初めてみせる素直なリアクションだったからだ。
取調室に薄明が射した気がした。
「いや、気にすることはない。すぐに出前を呼んで…。」
しかし警官がそういいかけたとき、思いがけず容疑者の男が口を挟んだ。
「いえ、そうじゃないんです。」
「ん?じゃあなにがすまないというんだ。」
そう警官が尋ねたとき、容疑者の男が嬉々とした表情で口を開いた。
「いえね。カツ丼ではなくて、フィレ・ニヨンが食いたいなあ、僕。エシャロットが添えてあるようなさあ。焼き加減はウェルダンがいいな。よく食通ぶった輩がミディアム・レアだとかいってるけど、実際のところしっかり火を通してあるほうが肉自体の味わいが楽しめるんですよね。
あ、ちなみにウェルダンのことを『一生懸命焼いてください』なんて言っちゃだめですよ。刑事さんそういうこと言ってそうだもんな。あはは、笑っちゃう。フィレを食べるなら食前酒はやっぱり赤かなあ。今年のボジョレーも解禁されたばかりだし、それでいいですよ。
それからスープはヒシソワース、前菜はさっぱりとカスパチョあたりでいいかな。それと、デザートは、そうだなあ、お肉をいただいたあとだし、うーん、やっぱりクラフティー・リムーザンですね。
うん、まあこんな場所じゃ贅沢もいえないし、こんなもんでしょう。じゃあそんな感じでお願いします。」
警官は「あ…」とだけつぶやいて、その後二度と口を開くことはなかった。
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