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ドッキリ!懐かしい人からの電話



部屋に戻ると携帯がコールされていたので、かけなおす。
すると、その電話の持ち主ではない人物が出て驚かされる。
さらに相手が「あ、けいくん?久しぶり」などといっていることから、間違い電話でもないらしい。

と、こういったことは、誰しも一度は経験したことがあるのではないか。

たとえば、自分の別個の知り合い同士がどこかで偶然知り合って、「なに?けいくん知ってるの?」「え?なに?あのけいくん知り合いなん?」といったことになり、そんな流れでよーし電話しよう、どうせならお前が先に出ておどろかしてやれ。
こういった流れを経て自分の元に連絡がくる。
方向性としては、ちょっとしたドッキリ的なもので、 どこか知らないところで自分のことが話題になっていて、さらに突然思いもよらぬ懐かしいやつの声が聞けるという、ちょっとした嬉しい出来事だったりする。

突然このようなことを書き始めたのには訳があって、つい昨夜、まさしくこのような電話が僕にかかってきたのだ。
なかなか良かったので、以下、その時の会話をしばらく追ってみたい。

けい「あ、もしもし」
相手「あ、もしもしぃ。けいくん?ひさしぶりー」
けい「え?あ、あれ?」(電話の相手が違ったので驚く)
相手「へへへ。誰か分かる?」
けい「え、いや、あの。ごめん。わからないです」
相手「えー。おいおい。田中マン(仮名)だよ、田中マン」
けい「あ、あーね…田中マン。ははは」
相手「え?分かる?覚えてる?」
けい「あー、うん、ま、あのー。塾のー塾のー…ね」
相手「あれ?うそ?けいくん…よね?」
けい「あ、うん。そう。紛れもなく」
相手「…」
けい「…」
相手「よしむら、けいくんよね?」
けい「うん。確かに。よしむらです」
相手「…」
けい「…」
相手「ほら、俺、田中マン。田中マン」
けい「あー。うん。あの、塾のー…ね」
相手「…」

と、ここまで読んで、読者は非常な違和感を感じ始めたことと思う。

というのもこういったケースでは、声では判断しかねるにしても、相手の名前が挙がった時点でピンとくるべきであり、その後は「あー!!久しぶり!なに?今どうしてんの?」といったテンションが予期されるものなのだ。
ついでに言っておけば、「えーなんで?なんでお前があいつの電話にでんの?」みたいななんかもう話の展開読め読めな、「いやー偶然知り合ってさあ」という返事待ち、みたいなことも言ってみればなお好ましいのだ。

しかしそれにも関わらず、一向に精神的マグロ状態の僕なのだ。
読者のみなさんがこの空気ぶち壊し男に軽い殺意を抱いていることを、僕は懸念している。

しかし、仕方なかったのだ。許してほしい。
君たちには、右の頬を打たれたら左の頬も差し出すような気持ちでいてほしい。

悲しいかな。
正直、僕「田中マン」って人、知らん。
覚えてるとか覚えてないとかいうレベルではなく、「知らん」のだ。

それで、いやあ、あの、あー、塾の、とかなんとか言って、相手の情報をさぐりつつ話を合わせようと苦心していたのだけど、やっぱり話はかみ合わない。さらに全く何も思い出せもしない。

Mr.失礼。ミドル・オブ・ザ・失礼。

相手もまた、このような場合において最も恐ろしい事態、すなわち、相手が自分のことをきれいさっぱり忘れてしまっている、という事態に気づき、狼狽し始めている。
苦肉の策というか、ダメ押しというか、結果としてとどめの一撃になったのだけど、少なくとも相手としては確信を突こうと聞いてきたはずである一言、「よしむらけいくんよね?」にも、やはりうんともすんとも言わない僕の脳髄。
全く記憶にかすりもしないのだ。
もうなんか、すんません。生まれてすんません。みたいな、自己嫌(じこいや:自己嫌悪に及ぶまではないけど、ほどほどに、逆に好ましくさえ感じられる程度で自分を嫌に感じるさま)にさいなまれる。

半ばパニックである。

普段ならば、声を聞いてピンとこなくても、名乗られたらたいがい思い出せる。
たとえそこで思い出せなくても、話をしていれば次第に記憶はよみがえる。
ここまで本気で相手のことを思い出せなかったのは初めてのことだった。

わ、わ、どうしよう…。
申し訳なさと恥ずかしさでどんどん顔が赤くなるのを感じる。
自己嫌も今では自己嫌亜(じこけんあ:自己嫌悪に及ぶまではないけど、ある程度、しかし逃げ道は常に50以上用意している程度で自分を嫌に感じるさま)に成長しようとしている。


しかしここにきて、事態は電話の相手の次の言葉によって一挙に解決されるのだった。

相手「田中モッコス中学校のよしむらけいくんよね?」

ん?違う。俺は山本ヒョッコイ第一中学校出身だ。
はっは〜ん。とここで合点だいったのだった。

恐らく電話をかけてきた二人は、「男祭東高校」「よしむらけい」というキーワードで一致して連絡してきたんだなと確信した。
というのも僕の通っていた男祭東高校には「よしむらけい」が二人いたのを覚えていたのだ。
そしてもう一人のよしむらけいくんが「田中モッコス中学校」出身だった気がしなくもなかった。

つまり、僕と電話の彼は、お互いにお互いを(誰かは分かってないにしても)旧知の仲だと信じて、さあガッツで会話を成り立たせようぜ、あわよくば盛り上がって後日会ったりしようぜ、みたいな意気込みでやり取りをしていたわけだけど、驚いたことに、実はその二人は全く見ず知らず、初対面の二人で、当然それでは成り立つ会話も成り立つはずがなかったのだ。

そこで僕は、とても申し訳ない気持ちではあったけど、正直に、今話題のよしむらけいが自分とは別の方向性のよしむらけいであることを告げた。
すると相手は、直前まで「ちょーちょー、覚えてないん。へいへい」といったノリだったのに、急変、「あ、すみません。なんか方向性間違ってたみたいで」と平身低頭していた。
こちらこそ、件のよしむらでなく、すまん。


それにしても、僕に電話をするまでのその二人の盛り上がりを想像すると可笑しい。
各々に別の「よしむらけい」を思い浮かべながらよしむらけいの話をしている。
そんな二人が
「けいくんといえば、こんなエピソードがあってね」
「あーあいつやってそう!いかにもあいつ的なエピソードだなそりゃ!」
とかいって盛り上がっていたとする。
全く別人物について語り合っているはずなのに、そんな風に絶妙な、スレスレの会話が成り立ってたりして。
もしそんなことがあっていたならば、とてもほほえましい。
すごくいいよ、それは。

さらにもう一つ。
万が一僕にも偶然「田中マン」なる古い知人がいたらどうなっていたんだろうと想像するのも楽しい。
けい「おー!田中マン!久しぶり!」
相手「なに、今どうしてんのよ!?」
やはり絶妙な、スレスレの会話が成り立っていたかもしれない。
そうだとして、どのタイミングで二人は面識のない初対面であることに気がついたんだろうか。
もしかすると、最終的に「飲みに行く」といった運びで会うことになるまで気づかず、会って初めて他人であることが発覚。
しかしここまできてしまったからには引くに引けず、お互いに「気づかない」ふりをして、旧知の友人として最後まで振る舞い通していたかもしれない。

それはそれで面白い。


※ちなみに高校時代のもう一人のよしむらけい君であるが、最近になって小学校時代の同級生と連絡がついた際に、その同級生の従兄弟だったことがわかった。
直接はまったく面識がなかったけど、同姓同名ともなればなかなか縁があるなーと感心。