ちとした反逆罪じゃの−どこからか飛んできてメニューが表示されていない人はここをクリック

まさかの再会



ずいぶん前から、どうしてもネタにしたかった出来事があった。

ただその出来事というのが僕にとってあまりにも衝撃的だったため、その衝撃を余すことなく文章にすることがなかなかできず、それでは書く意味がない、ということでこれまで書こうとしては止めを繰り返してきたのだった。

しかしその出来事から現在3年というときが過ぎ、ようやく「ま、劇的な文章で書かなくてもいいか」といった心境になれたので、今、こうして、文章に起こしている次第である。



今を遡ること3年前、僕は出身校の大学院への進学を決意し、入試のために大学を訪れていた。
僕は大学院の「人文」系の受験をしていたのだけど、同じ日に学部のころからの友人が、お隣の学部である「外国語」系のコースを受験することになっていた。

仮にこの友人をユシン君と呼びたい。
試験は昼食を挟んで、いよいよ面接が始まらんとしていたとき、僕はこのユシン君と中庭で会った。
会ったというより、すれ違ったといったほうが正確である。さほど、そこで会話をかわした、というほどのこともなかったのだ。

その際、ユシン君は、僕とはまったく面識のない別の友人を連れていた。
「これから同じ大学院へいく人なのでよろしく」とのことだった。
この別の友人を、ここでは「すぶやん」と呼ぶことにする。

僕は極度の人見知りなので、このすぶやんを見て、ああいやだな、と思った。
せっかくこうして知り合えたのだけど、僕はすぐ人に対して心の壁を築いてしまうし、大学院へともに進学するのに気まずい挨拶友達くらいにしかなれないんじゃないか。いやだな、気まずいな、と思っていたのだ。

しかしまあ、その場では、そのようなことを考えたりしていたのだけど、先述したようにユシン君とすぶやんとはその場ではすれ違った程度の絡みしかなく、僕はすぐに試験の後半戦である面接へと向かったのであった。



その面接試験の待機中に、僕は実に不思議な体験をすることになる。

面接を控えた状態というのは多くの人が一度や二度は体験していることと思うので、理解していただけると思うが、極度の緊張状態にある。
あんなことを聞かれたら、どうしよう。怖いなあ。不安だなあ。
といった緊張と不安の中、13階段の恐怖に怯える囚人のような気持ちで、名前が呼ばれるのを待つのだ。

当然そのときの僕も、同じく、恐怖に震えながらそのときを待っていたのだ。

すると、その緊張のさなか、ふっと何かのイメージが僕の脳裏をよぎった。
それは何度か繰り返し僕の頭の中で起こった。
そして繰り返されるたびに、そのイメージは次第にはっきりしたものになってきた。
はっきりとし、またそれが浮かぶ間隔も長くなってきた。

それは人の顔だった。

それも、さきほどすれ違ったばかりの、すぶやんの顔だったのだ。

また、最初はよくわからなかったのだけれども、そのすぶやんの顔は、断末魔の表情、とでもいおうか、顔面蒼白で、苦悶の表情を浮かべていることがわかった。

苦悶の表情のすぶやんは、つらそうに、僕に何かを訴えていた。

「だ…ぅ…す…」
え?何?どうしたの?

「だぃ……です…」
何を俺に伝えたいんだい?

「だい…うぶです…」
だい…?なんだって?


「だいじょうぶです…」


大丈夫?…と、ここで僕ははっとしたのだった。


この極度の緊張と、苦悶の表情と「だいじょうぶです…」という言葉。

この三つの要素が僕にある一つの出来事を思い出させたのだ。



この入試が行われるおよそ2年前に、僕はインターネット上でこのような文章を書いていた。

「判断」



すぶやんは、まさにこの「気絶した青年」その人だったのだ。



おそらく入試のための緊張が、人が突然倒れたというシチュエーションへの緊張とどこか似ていたのではないかと思う。

そして類似した二つの緊張が、僕の中の二つの「すぶやんの記憶」を繋いだのではないかと思うのだ。

とにかく、僕は「判断」に書いた気絶した青年の顔をまったく覚えてはいなかったし、またユシン君と歩くすぶやんを見たときは別段何も感じてはいなかった。
言うまでもなく、まさかその二人が同一人物であるなどという発想は微塵もなかった。
しかし2年前に出会っていたすぶやんと、ついさきほど出会ったばかりすぶやんの顔が、「緊迫感」を伴ったとき、奇跡的に僕の中で繋がったのではないか。



かくして僕は、昔ホームページのネタにした人物とまさかの2年越しの再会を果たしたのだった。



面接が終わった直後、僕はユシン君とすぶやんに会った。今度はすれ違い様ではなく、休憩所でゆっくり話ができた。
僕のすぶやんへの第一声は、「大学で気絶したことない?」だった。

すぶやんは「あ…」とはにかんでいた。

気絶して朦朧としていたとき、僕は医務室へ走っていたので、あのとき助けてくれた人物が誰であったか長いこと分からなかったのだそうだ。

なかなかハートウォーミングな再会となった。

彼との間に気まずい心の壁が築かれなかったのはいうまでもないことだ。

僕にエッセイのネタを2度も提供することになったすぶやんの話、以上。



※なお、僕が面接時に緊張しつつ思い出したすぶやんの台詞「だいじょうぶです…」は、彼が気絶した際に朦朧としながらしきりにつぶやいていた台詞。