
図書館の人たち
図書館の人、としか呼びようのない人たちがいる。
北九州に暮らしていたときにも数名「図書館の人」がいたのだが、今頻繁に通う福岡の図書館にもやはり図書館の人がいる。
図書館の人とは、もちろん司書のことではない。むしろ司書でもないのにいつ図書館に行っても必ずいる、図書館に住んでいるとしか思えない人たちのことだ。
彼らは概して異彩を放っており、周囲とは異なる空気の中に存在する。もし彼らが普通の人であるならば、毎日会ったとしても、僕は彼らを図書館の人とは呼んでいないはずだ。一言でいえば妖精。そう、彼らは図書館に生息する妖精の類なのだ。
そのようなわけで、僕は図書館に生息する妖精たちのことを「図書館の人」と呼んでいるのだ。
ちなみに念のためにいっておくと、図書館で頻繁に出会う可愛い女の子たちに関しては「図書にゃんず」という別の呼び方がある。図書にゃんずは図書館の人とは明確に区別されるものだ。混合しないようにご注意願いたい。
今回は、僕が日々空間をともにする図書館の人々の一端を紹介する。
1.窓閉めおじさん
ハゲ、メガネ、よれよれのチノパンがトレードマークのおじさんだ。
顔はパグ的な意味で愛嬌があるといえばそうなのだが、何かといえば限りなく天使に近い顔をしている。
限りなく天使に近いパグだ。
僕が観察する限り、彼はどうも窓が開いている状態を心から憎悪しているようだ。
これまでに、学生が窓を開けた途端どこからともなく現れて、いらいらとした様子で窓を閉める姿を度々みかけたからだ。
そもそも窓際に座っているわけではないのに、窓が開いた瞬間遠くから怒りに満ちた形相でやってきて、パシンと音を立てて窓を閉める。
あれは明らかに憎悪だ。
「ああもう、開くとさあ、変わっちゃうんだよね。圧が」
たぶんそんなことを思っているのだ。
そんな彼の姿から、僕は親愛の念をこめて彼を「窓閉めおじさん」と呼んでいる。
2.偽窓閉めおじさん
容姿がとにかく窓閉めおじさんに近い。
限りなく窓閉めおじさんに近いパグ。それがこの偽窓閉めおじさんだ。
しかし容姿の類似に関わらず、窓閉めおじさんが精神的な正常と異常の境目にいるのに対し、偽窓閉めおじさんは実にまともな窓閉めおじさんだ。
これほど健全な窓閉めおじさんを僕はほかにみたことがない。
ついでに言っておくと、偽窓閉めおじさんは窓は締めない。
つまり偽窓閉めおじさんは普通の人なのだけど、窓閉めおじさんに見た目が似ているというただそれだけの理由で偽窓締めおじさんと名づけられてしまった可愛そうな偽窓閉めおじさんなのだ。
3.殺人鬼
実は殺人鬼とあだ名される図書館の人は北九州にもいた。
むしろ福岡の図書館で殺人鬼を初めて見たとき、なぜ北九州の殺人鬼が福岡にいるのか半ばパニックになったほどだった。
もしかしたら全国の図書館にひとりは必ずいるタイプの図書館の人なのかもしれない。
年中長袖、田中邦衛帽を目深にかぶり、顔中にひげをたくわえている。ドラマでさえ見かけなくなったほどの、典型的な殺人鬼スタイルなのだ。
ちなみについ先日、初めて殺人鬼が邦衛帽をかぶっていない姿を見かけた。もしかして邦衛帽は洗濯中だったのだろうか。彼の素顔は意外なほど可愛い顔をしていた。
さて、ものはついでに、彼が何の勉強をしているのか気になったので覗き見てみた。すると机の上にはおもむろに六法全書が開かれていた。
やはり、と思った。
いったい彼は心にどんな十字架を背負っているのだろうか。
とまあこのように、僕は彼ら図書館の人や図書にゃんずに囲まれ、毎日楽しく幸せな生活を送っている。
図書館への出現頻度から察するに、そろそろ僕自身も図書館の人として陰であだ名されているかもしれない。
そういえば、以前見知らぬ人が僕のほうを指差して「ヒトゲノム」と言ったことがあったが、その意味は未だによく分からないし分かりたくもない。