
ああなんたる袋小路
散髪の際、どんなヘアスタイルに致しますかねという参考、或いはそのイメージを伝えるための手段として、最も適しているのがカットモデルたちがいっぱいのったあの冊子を見るという行為に当たるわけである。
先日散髪へ行った。
僕としては、トップが少し長めでサイドはさっぱり、ついでに前髪は右に流れるように少し斜めにカットしていただけるのが理想的ではあった。
しかしそのようなことを言語にて説明した場合「お前のオーダーは抽象的過ぎんじゃい」などと怒られるであろうとの判断のもと、やはりあの冊子を見せていただくのが無難であるかなあと、照れくさいながら「あの冊子を少々」などといいつつ見せてもらったのである。
それで真剣にその冊子を見ていましたら、あったあった。これぞ求めていたヘアスタイル。おねいさんに「決まりました」と僕、言おうと思ったのだが、はっとそのとき気付いたのである。
あろうことかそのヘアスタイルのカットモデルは、今をときめく「速見もこみち」君だったのである。
つまりここで僕が「こんな感じで」といった場合、「僕、もこみち君みたいな感じでこの夏を乗り切ろうと思うんです」と主張していることに他ならず、おねいさんに嘲笑されても仕方ないわけで、おねいさんがもこみち君のファンだった場合、怒りによって丸坊主にされても、やはり仕方のないことなのだ。
それで僕は再び真剣に冊子に見入ったのだが、この時点でかれこれ五分は悩んでいる。
おねいさんも「あんたと違って、私そんなに暇じゃないのよね」といった雰囲気をかもし出している。
まずい、時間がない。
自分から申し出た分、今更引くことも出来ない。
ああなんたる袋小路。
と僕は焦り、とにかく理想的ではないにせよ、それに少しでも近しいものがあればもうそれでいいでしょう、とて見つけたものをべらぼうにオーダーしたのである。
「あ、はーい。これですね。これだと全体的に長さを少し落として、すく感じになるけどよかったかしら?」
ああ、こんなことなら始めから「全体的に長さを少し落として、すく感じにしてください」と言えばよかった。
おねいさんにしてみれば「私の貴重な時間は、あんたが初めから全体的に長さを少し落として、すく感じにしてくださいとさえ言っていればこんなに無駄にならずに済んだのよ」といった感じであろう。
だから僕としては欲をみせずに、全体的に長さを少し落として、すく感じにするつもりで行けばよかったのだ。
結果としていつものように全体的に長さを少し落として、すく感じになるのだったら始めからそうしておけばよかったのだ。
内心このような葛藤があったのだが、「はい、そんな感じで」と僕言ってしまった手前、今更否定することも出来ず、やはり全体的に長さを少し落として、すいた感じになって帰宅したのであった。